月別アーカイブ: 3月 2009

ウタゴエのP2Pでセンバツ広告野球を放送だそうな

毎日放送、センバツ高校野球の準決勝/決勝をライブ配信 -AV Watch  配信日時は準決勝の4月1日が、11時〜11時30分/12時〜15時55分(最大延長17時50分)。決勝戦の4月2日が12時〜15時25分(最大延長17時50分)。雨天順延あり。 今回のセンバツは21世紀枠の出場校がまだ残っている。優勝チャンスかも! 21世紀枠は大好物。今年は利府(宮城)が残っている。 選抜高等学校野球大会 – Wikipedia 21世紀枠 2001年の第73回大会から設けられる。部員不足などの困難を克服したチームや、他校の模範となるチームを選出。 (中略) “他校の模範である事”を根拠に、名門大学へ現役合格者多数、学校全体での「朝の読書」推進、「青少年赤十字部」の活動、生徒のボランティア活動など、野球そのものとは直接関係のない事象により推薦されるケースがあり、「選考基準が曖昧」という理由により非難の声も聞かれる。 今年は、 2009年 利府(宮城) 地域の清掃活動に積極的に参加。運動部員が小学校へ出前授業をしている。生徒が梨農家の手伝いをしている。 彦根東(滋賀) 右翼が左翼より30メートルも短い変形グラウンドという悪条件を、工夫を凝らした練習で克服。 大分上野丘(大分) 県内随一の進学校、放課後の練習は2時間までと決められていながら2008年秋季大会では九州大会出場を果たした文武両道。 夢があっていいなぁ。 参考: asahi.com(朝日新聞社):21世紀枠・利府の選手、ブログで対戦校侮辱 厳重注意 – 社会

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商業主義 その2〜「売れてるからやる」「売れるようにする」

商業主義という言葉が気になったので調べてみたの続き。 引き続き、商業主義について考えている。前回は商業的・非商業的なモノについての観点から、考察を行った。 そこから1歩進めて、商業的なものには種類があるとして、どのようなアプローチに分類できるのか思考していた。 その結果、2つの傾向があるだろうことが想像できた。1つは、顧客調査の結果で売れることが分かっている製品・サービスを作るというアプローチ。もう1つは、売れないが良いと感じている製品・サービスを顧客へ届けるためのアプローチ。 前者のアプローチでは、顧客調査が正しく行われているという前提において、顧客が求めている「もの」を明確化し、それに似合う製品・サービスを製造・調達して提供することになる。後者のアプローチでは、既に「もの」が存在する、もしくは「もの」が存在せずに新しい「アイディア」が存在する状態において、それを受け入れていない・認知していない顧客に対してどのように提供していくかを検討し、提供する。 平たく言うと、「売れてるからやる」「売れるようにする」の違いである。 この事象について考えていくと、ああ、これは「ニーズ」と「シーズ」の違いじゃないか、と気づいた。「ニーズ」と「シーズ」の話を初回に聞いて「シーズ」が大事だと主張されたときには”そんなもの幻想だ。売れているものを作ればいい。”と思っていたが、時を経て、別の思考経路を経ると別の結論に到着していたようだ。 ただ、当時からある「ニーズ」と「シーズ」の説明には違和感がある。ニーズよりもシーズの方が重要である理由は、顧客からニーズを取得してサービスを作っていたのでは遅すぎるから、である。もしかしたら、自分がシーズの意味を理解し間違えているのかもしれない。 話を戻すと、「売れてるからやる」「売れるようにする」のような話を現実に当てはめようとする場合、特に興味のある携帯ゲーム機、NDSとPSPに置き換えてしまう。 例えば、NDSが売れた理由は”コアゲーマー層ではない層へのアピール”が良かったのだと思うし、PSPが売れた理由もまた”コアゲーマー層の要求に答えた”のが良かったのだろう。ただ、今回のNDSの成功によって、コア層ではない別の層へのアピールもまた検討事項である、という教訓が得られたことは良かったことだと思う。 このコア層と非コア層へのアピールについてはそれぞれ一長一短で、コア層は1人辺りの消費は多そうだが、非コア層は消費が少なそうだ。このデータについては調べてみる必要がある。 他の事例では、ひかりTVが50万契約を突破したようでで紹介したように ひかりTVに契約する前、CATVやCSに加入していたかどうかについてCATVは75%、CSは80%が「一度も加入していない」と回答 という内容もある。 このような観点に立って物事を考えてみると、非コア層へのサービス提供は有力な選択肢となる。だが「売れるようにする」という観点の上では選択肢の1つに過ぎない。 「売れてるからやる」「売れるようにする」、自分が今まで好きだった製品・サービスがどちらの部類のものだったのか、どのようなチャネルを用いて自分に届いて響いたのか、確認作業中だ。 このようなことを感性で感じ取って行える人々が羨ましい。まだまだ勉強の日々だ。

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涙目の新リーダーは、WBC優勝監督か、SONY社長か

AERAの記事って面白いのかも。こんな時間にこんな記事を書くのも。 原監督「涙目の新リーダー」(AERA) – Yahoo!ニュース あれだ。民主的というのは、フォロワーシップに近いものがあるのかもしれない。放任型はさすがにどうかと思う。集団の気質に大きく関係するのだろう。 ソニー「中鉢外し」の真相(AERA) – Yahoo!ニュース クッターを追い出した時点で、ネットワークはないんだ。ネットワークよりも家電で稼ごうとした。ソフトよりもハードで稼ごうとした。それはある意味正しいが、ソフトありきのハードだ。 今日も、PS3について議論した。PS3でオンラインゲームを考える場合、ホスト-クライアントで通常はシステムを構成するが、最近ではP2Pでクラスタを組み、ホストというホストを決めずに負荷分散されたオンライン対戦が考えられる。それが実現できるのは、ネットワークを有した端末であること、PCのように端末の性能が高いこと、そしてPCとは違って全ての端末の性能が同等であるPS3だけだ。これに足りないのはネットワークの安定性や帯域・低遅延であり、NGNや光回線を用いることで最高のネットワーク対戦端末と環境になる。 これほど完全な環境が他にあるものか! ソフトvsエレキじゃない!ソニー次期社長レースの号砲、平井SCE社長が最右翼、吉岡浩副社長の声も(東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース 両方できたクッターが必要なんだよ!(もしかしたらソフトは丸山さんかもしれないけれど!)今すぐ呼び戻せ!

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独占は罪 〜 JASRACを刺したのは誰か?

2008年4月23日、公正取引委員会、JASRACに独占禁止法違反の疑いで立ち入り検査が行われた。 2005年時点で、JASRACは独占禁止法違反ではないのでしょうか? – 教えて!gooにて JASRACという著作権について扱う団体がありますが あれは独占禁止法にあたらないのですか? ネットで調べてみると著作権業界は、最近「「著作権等管理事業法」が制定されることで、他団体の参入が可能になった」と書いてありました。しかしJASRACの影響が大きいせいで参入は実質的に不可能だということです。 これは市場の独占にあたるのではないのでしょうか? 独占禁止法が定める「公正で自由な競争」という理念から外れているとはいえませんか? よろしくお願いします。 のような質問が行われているが、独占禁止法を指摘する回答は出てきていない。 そのJASRACの独占禁止についての興味深い見解がJASRACを刺したのは誰か(解答編)に述べられている。  公取委がJASRACを立ち入り検査したのは,JASRACが独禁法に違反していると誰かが申告し,その事実を確認するためであったと考えられます。 そして、その「誰か」とは 放送で使われた音楽の使用料を過去に徴収していたのはJASRACとイーライセンスだけであり,申告した可能性があるのは事実上,イーライセンスに絞られていました。事実,このブログ記事を書いた後,複数の方から「申告を行ったのはイーライセンスである」との情報が寄せられました。その後,イーライセンス代表取締役である三野明洋氏に対し,「イーライセンスが申告を行ったかどうかについては,取材の際には肯定も否定もしなかった」ということを確認しました。 としている。 さらに興味深い先読みとして、  「音楽著作権者の利益を守る」という目的がある限り,JASRACが現在の利権を自ら手放すことはないでしょう。しかし,長い目で見ればJASRACも安泰だとは限りません。今回,問題視された放送事業者とJASRACとの定額契約は,放送事業者が自ら使用した楽曲を全曲は把握できていない点に原因があります。いわば「誰がどの商品をどれだけ売ったかがよくわからない状態」であり,競争が極めて成り立ちにくい市場なのです。一方,今後は楽曲提供の主流になると期待されているネットワークの世界では,すべての使用楽曲を容易に把握できます。 そして、 JASRACは,動画共有サイトである「ニコニコ動画」や「YouTube」との間でも楽曲使用の契約を結んでいます。JASRACによると,これらの契約はすべて全曲把握が前提になっているとのことです。こうした市場であれば,新規参入にも可能性があります。 とされている。 まとめると、このような理論になる。JASRACとしては、JASRACの利益が増大することが音楽家の利益の増大となる。よって、JASRACの利益を最大限に保つためには、音楽市場を独占し続けた方が都合がよい。そして音楽市場を独占するために、「包括契約」を行っている。 包括契約とは、楽曲の使用曲数に関わらず、事業収益の1.5%を楽曲の使用料として徴収する契約のことだ。つまり、収益の一定量を支払う契約をしているので、楽曲が使いたい放題な訳だ。ここまでの前提があり、記事中では「放送事業者が自ら使用した楽曲を全曲は把握できていない点」に問題があり、音楽家(もしくはレーベル)に正しい利益配分ができていないのでは?という疑念が生まれる。 その疑念を確認する意味で、「イーライセンスは放送における音楽著作権の管理をエイベックスマネジメントサービスに委託され,放送事業者と「使用料を個別徴収する包括利用契約」を結び,2006年10月から管理業務を行ってい」た。つまり、エイベックスは自身の音楽使用量がJASRACとの包括契約では”低く”見積もられてしまい、音楽家(またレーベル自身)の利益を最大にできないと考え、イーライセンスとの「個別徴収」の包括利用契約を結んだ。 しかしながら「JASRACに支払っている定額の使用料に追加する形で費用が発生してしまうため,エイベックスの楽曲がほとんど利用されなくなってしまった」、そして「エイベックスマネジメントサービスは同年12月下旬,2007年1月以降のイーライセンスへの管理委託契約を解約した」という展開を迎えている。 この問題の原点は、(多額の?)使用料を支払っている放送局が正しく楽曲使用の記録を行っていない点、そしてそのために、JASRACが正しく利益配分をおこなえていない可能性がある点、加えて放送局としてはその楽曲使用の記録は(とても煩雑な作業なので)今後としても行いたくない点にある。 これでは市場に参入できない。これらの背景があり、2009年2月27日、JASRACに勧告が行われた。JASRACに排除措置命令 新規参入を妨げているとして、公取委  – MSN産経ニュース もともとJASRACの存在理由は音楽家の個別契約などの煩雑な作業を肩代わりして徴収することができる点であり、それは音楽家と利用者の双方に望まれている状況だった。しかし、JASRACのような業者が増えてしまうと、契約の手間がさらにかかってしまうために本末転倒である。つまり利用者側(特に放送局)としてはJASRACに独占されている方が、一社契約にまとめられるので都合がいいのだ。 結局のところ、JASRACのような団体を増やすためには、そのような団体の契約を管理するための、さらに1つの上位団体をつくり、その団体を通して楽曲使用料の支払いインターフェースを作るしかない。Googleが本のJASRACを設立する件についてのような話も関係ある。 そのような楽曲使用スキームがネット上などで構築できれば、ネット上における個別な楽曲使用による正しい利益配分も見えてくるのかもしれない。 ネット上の音楽配信について考えられることは、やはり音楽は「聞く・好きになる・買う」であり、初段階の「聞く」を実現できる手法でなければ最終的に「買われない」。企業が個人から曲を買って放送する(もしくは動画に利用する)というスキームが著作権管理団体も巻き込んで簡単な決済が行えるようにインターネット上でも構築することができれば、「聞く」を音楽家・使用者双方が納得できる状態で実現できるようになる。

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なぜ自分の生活スタイルの構築にこだわるのか

飲み会?の席で、最近、何をしているのか問われて「生活スタイルを作っている」という意味不明な回答を行っている。 実際、掃除を中心に、生活スタイルの構築に注力している。 この生活スタイルの構築については、自分の生活スタイルの構築を通して、他者の生活スタイルの形がどうなっているのか知ること、また提案できることはないのか、という観点で物を見ることに役立っていると思う。その考えの前提には、「物・サービスを売ることは生活スタイルを提案することだ」という思想が根底にある。 かつて自分の購買といえばPC関連商品や音楽関連商品を秋葉原でまとめ買いすることがほとんどで、生活を形作るための製品、生活を豊かにするための製品を買うことがなかった。そうした偏りの中で得た知識は、他者の経験することのない価値のある知識だったが、それを生活に組み込んで利用する・提案するという観点に立った場合、いわゆる「普通の」生活を過ごしていないので、伝えることが困難であるという壁に突き当たる。 よって、どちらか側から歩み寄りが必要なのだが、こちら側から生活スタイルを普通に近づける努力をすることが肝要、と考えて実践している。 掃除ひとつとっても奥が深いし、想像していたより困難だった。そのような経験を通して、何か出来ることはないかという思案にふけることは思ったより豊かだ。 そして自分の生活スタイルが成り立ってこそ、他者の生活スタイルが見えてくるし、また他者の生活スタイルに干渉する物・サービスを作れるのではないか、とも思えてくる。 この発想とは逆に相手の生活スタイルに入って自分を確認することを「自分探しの旅」と称するのかもしれない。それはおそらく次の段階だ。 この自分の生活スタイルを形作る手法が正しいかどうかは検証中だが、チャレンジングで豊かなだけ楽しい。昔の日本人の独立して物を作る一家の手工業とは、そんなものだったんじゃなかろうか。

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