CAD図面の裁判判例を読む

にこさうんど、nicomimiとnico3gpの著作権問題について判例を参考にせずに適当なことを書いてしまったと思い、改めて判例を見直すことにして最近の知的財産裁判例を見ていたらCAD図面の創作性に関する面白い判例を見つけたので読んでいた。

CAD図面とは例えばgoogle画像検索:CAD図面のようなもの。このCAD図面を元にして建築物だったり機械だったり部品だったりが作られるので、例えば料理におけるレシピのようなものと考えることができる。いや、特定の機能を達成するためのプログラムソースに例えられるものかもしれない。とすれば料理研究家とレシピと著作権についてで考えたとおり、創作性はどうなのか?という疑問が沸くことになる。

この判例文を読む。

事実関係

被告から原告に委託する。被告が販売する製品のCAD図面を原告が作成し被告に納入するという内容のもの。これが数回行われる。この作成の際に被告カタログ、および被告製品を参考にする。被告はそれに新製品を追加したCD-ROMを制作し、頒布している。またWebサイト上でダウンロード可能にしている。

争点

(1) 本件CAD図面の著作物性(争点1)
(2) 被告CAD図面は本件CAD図面を複製し又は翻案したものであるか
(争点2)
(3) 被告の故意又は過失の有無(争点3)
(4) 損害額(争点4)

原告の主張

本件CAD図面は,「CAD図面に対する作者の技術思想やあるべき姿の期待と憧れ」(思想又は感情)を「寸法・数値・形状を,原点,一筆書き,寸法記載など作者固有の個性を交えてCAD図面化したもの」(創作的に表現したもの)で学術的な範囲に属するものである。

被告の主張

CADとは「製品の形状,その他の属性データからなるモデルを,コンピューターの内部に作成し解析・処理することによって進める設計」をいい,この用語の定義はJIS規格において定められている。そして,CADによる作図も,同じくJIS規格においてその方法が詳細に規定されており,CAD図面は基本的にJIS規格に準じて作成されている。

本件CAD図面が作成された平成10年当時のCAD図面作成に関するJIS規格である「JIS B3402」によれば,線の種類(実線,波線及び波線のパターン),波線や点線のそれぞれの要素の長さ(実線部分,隙間のそれぞれの長さ),断続線が交差する場合の表現,図形の投影方法,さらには図面内に記載する文字のフォントまでもが定められているのであるから,CAD図面はそもそも規格化された表現方法により作成されるべきものであって,個性的な表現方法を採用することがむしろ禁じられているものであるといえる。

かかる観点に照らせば,少なくとも本件CAD図面のそれぞれについて具体的かつ明確に創作的表現部分の存在が主張立証されない限り,本件CAD図面の著作物性が肯定される余地はない。

見解

原告は創作性を分類して表現しているが、これを1つずつ解釈をしている。

創作1:立体物を数値を有する図形として平面上に表現した。
創作2:製品の機能や形状を作者の意図で取捨選択し図形形成した。
創作3:平面表現では不可能な製品の質感・光沢・製品価値を表現した。
創作4:設計図内のその他の構成部品との調和と整合性を有する図形として略図化し,完成度合いを調整した。
創作5:独自に創作した寸法値を採用することにより設計情報の漏洩を防止した形状を表現した。
創作6:作図過程で線数を減らす表現として,CAD上で一筆書きが可能な形状に整えた。
創作7:CAD図では試みない図形への寸法記入やテキストによる部品説明で表現できない内容を補助した。
創作8:作図内に絶対的原点を設けて表現をした。
創作9:作図過程においてコンピューターとの対話により,グローバル環境で表現するための作図コマンドで図形を表現した。
創作10:中心線や補助線の長さや比率を統一することにより,図形の美観を整えた。
創作11a:遠近法や2.5次元などで作成することにより製品イメージのリアル化を試みた。
創作11b:図形を平面・正面・側面・詳細図等の一つの画面(1ファイル)で構成した。
創作11c:製品と取り付け金具とのアセンブリ図を図形内にブロック化し描いた。
創作11d:対称図形を考慮した作図過程を試みた。
創作11e:パラメトリック表現可能な配列とした。

このうち裁判所の判断は

著作権法は,「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定めており(2条1項1号),思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体でないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作権法によって保護することはできず,これを著作物ということはできない。

原告は,創作1ないし11eを具備することを根拠として本件CAD図面が著作権法上保護される著作物であると主張しているので,まず,上記観点に照らして創作1ないし11eが本件CAD図面の著作物性を根拠づけるものといえるかについて総括的に検討し,続いて,個別の本件CAD図面について,その著作物性を判断するために必要な検討を加えることとする。

とし、原点である著作権法は何であるかを問い、創作1から順に創作性があるかないかを示す。

まず、創作1,5ないし10,11b,11c,11d,11eはアイディアであり、またきわめて表現としても極めてありふれたものにしかすぎないとしている。しかし、創作2ないし4及び11aに関しては表現内容いかんでは創作性を認める余地はあるとしている。

そして事実確認であったとおり、もともと被告カタログを元にしている部分があるので、その部分の創作性は認められず、新たに書き起こした部分について創作性が問われるものとする。つまり、書き足した部分か、別の表現方法を用いたものでない限り保護の対象にならない。

ウ また,本件CAD図面は,主として,CADによって設計業務を行う際にCAD化された被告製品の設計図への取込みを可能にすることを目的として作成されたものであるから,被告製品の形状,寸法等を把握できるよう,通常の作図法に従い正確に描かれている必要があるから,具体的な表現に当たってP 1が個性を発揮することができる範囲は広くないといえる。

そうすると,本件CAD図面と本件カタログの図面に相違部分があったり,本件CAD図面に本件カタログにはない図が追加されていたとしても,当該相違部分や追加された図が通常の作図法とは異なる方法で表現されているなど,P 1の個性の現れを基礎付ける具体的な事実が立証されない限り,その部分に表現上の創作性を認めることはできないというべきである。

この後、各図面において創作性の確認が行われるが、結論として創作性は認められなかった。

(5) 小括
以上に検討したとおり,本件CAD図面は,いずれも表現上の創作性を具備しているとはいえないから,著作権法上保護される著作物と認めることはできない。

個人的見解

今回の裁判例は、本質的にCAD図面に著作権が存在するのかどうかの話が行われたのかどうかは判断できない。というのも原告カタログからCADへの変換の事例に創作性が認められるかどうかについての議論に終始しており、図面そのものに創作性が存在するのかどうかに関しては議論していないからだ。

過去の事例

もっと過去の事例によると(判例文)、この事例では、同じ設計図を用いて製品を作った場合に、製品の製作は設計図の複製にあたるかどうかについての裁判が行われている。結論としては、

原告本件設計図は、原告の設計担当の従業員らが研究開発の過程で得た技術的な知見を反映したもので、機械工学上の技術思想を表現した面を有し、かつその表現内容(描かれた形状及び寸法)には創作性があると認められる。

がしかし、

(中略)技術的思想そのものは、要件を満たした場合に特許法ないし実用新案法により保護されるべき性質のものであり(その意匠が意匠法により保護される場合もある)、著作物として保護されるのは、その表現(図示された形状や寸法)であると解される。

とされている。
特に大事な点が、

三 争点3(設計図に基づく機械の製作が設計図の複製になるか)及び争点4について

 著作権法において、「複製」とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう(著作権法二条一項一五号)のであり、設計図に従って機械を製作する行為が「複製」になると解すべき根拠は見出し難い。原告は、それに基づいて製作することが予定されている設計図については、複製に建築に関する図面に従って建築物を完成することを含む旨規定する著作権法二条一項一五号ロを類推適用すべきである旨主張する。しかしながら、右規定は、思想又は感情を創作的に表現したものであって学術又は美術の範囲に属するものであれば、建築物はそれ自体が著作物と認められる(著作権法一〇条一項五号)から、それと同一性のある建築物を建設した場合はその複製になる関係上、その建築に関する図面に従って建築物を完成した場合には、その図面によって表現されている建築の著作物の複製と認めることにするものであるが、これに対して、原告矯正機の如き実用の機械は、建築の著作物とは異なり、それ自体は著作物としての保護を受けるものではない(それと同一性のある機械を製作しても複製にはならない)から、原告の右主張は採用できない。

結論としては、製作物は著作物の複製として認めないが、設計図は明らかに複製なので捨てなさい、ということ。

つまり、設計図の図面が著作物として認められたことになる。

これ以外の判決文を読むと、図形に対する創作性を回避して説明文の創作性を認めていることから、図面の創作性を示すのは文章よりも難しいのだろう。が、一応、図形に関しては創作性があるとは言えそうな感じがしてくる。

重要なのは、図面内に技術思想表現出来ているかどうかにありそうだ。紙に書かれた図面をCAD化するだけでは技術思想表現するに至らず、その製品を作る過程における研究開発の過程で得た技術的な知見が入っているかどうかが著作物かどうかの分かれ目になろう。しかしながら、研究開発の過程で得た技術的な知見そのものは実用新案や特許で保護されるものであり、それを用いた製作物の製作を差止めできるものではなく、設計書の複製を差止めるに留まる。

CAD図面=設計書の創作性自体は認められる、ということで。

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